一次避難、二次避難の先、自律的復興のタイムラインを被災者が描くために

能登半島地震発生から3週間。 災害復興に関する諸制度を掌るものにとっては、過去の経験智によるところ復興の道筋がそろそろ見えてもと思うのだが、今回は一向にその気配がない。 34,000棟の建物被害がありながら、仮設住宅の入居申請5000件に対し着工はわずか338棟。 その先の着工見通し議論が進まないのである。 二次避難を声高に叫んでも素直に受け入れられないのにもそれなりの理由があるからだ。 
 被災した住民さんの多くはその地で糧を得て日々を生きる農林水産業の従事者でもある。 事業の再建において他者に委託できる部分は、極端を言うなら例えば港湾や共同の集荷貯蔵施設などに限られ、そう多くはない。 あとは自分たちが生業の拠点に1日でも早く帰り、自分たちの身体を動かして事業の再開を期して繕い物をしていくしかない。 仮の住居は、必ずしも仮設住宅というスタイルである必要はない。 むしろ職住接近あるいは、職住隣接のバーン(小屋)であってもいいという方も少なくないはずだ。 それら生業を支えるグループ補助金などの準備もなされつつあるとは思うもの、3週間たった今も、2016年熊本地震時の五百旗頭真さんを座長にしたような復興有識者会議などが立ち上がることもなく、「救われた、災害を生き抜いた生命を救う」の域を彷徨っているかのようにさえ見える。

 一昨日のNHKの取材では、応急修理制度の拡充を言ったが、それはほかでもない、繰り返し揺すりに遭った大きな自宅を耐震性を担保しつつきちんと直すことへの動機づけを意味することも一つ。 一方では大きくて直しきれない主屋(母屋)に手を入れるより、小さな納屋・小屋・農舎や車庫をスピーディーに手直してでも、生業再生の砦でもある住まいを再建するのに適用させて欲しいということだ。 建設型仮設住宅一戸当たりの建設費用700~800万円と比較して著しくバランスを欠く応急修理制度の抜本的見直しは焦眉の急務であり、自律的復興を促すサブエンジンでもある。
 2月に入れば春の農耕作に向けての準備も出てくる。 季節は人を待ってはくれないのに、傷ついた農地を直すところから、二次避難先からの通い農業でも始めることが出来るようにならないものか? 被災者を支える制度の原点に立ち返って既存枠にとらわれない制度見直しをというのはそれなりの理由がある。 奥能登地震7か月の大工職人の手が圧倒的に足りていない中で今回のっ広域に被害を及ぼす地震である。 地域の建設関係者のみに頼っていては、10年経っても大工工事はおろか、倒れた家の解体片付けさえおぼつかない可能性さえ否定できない。 住民さんが自ら考えて動くこと、はっきり言えばセルフビルドを手助けしてくれるような大胆な施策をも視野に含めて、提案協議を進めて欲しいものである。
 あと2週間もすれば立春である。 現場の先読みをして時系列に応じた取り組みを一人ひとりの生活者ができるように、立派な仮設住宅は要らないから、倒れた家の隣にでも小さな仮住まいが造られる様な配慮を願いたい。

【仮設住宅-応急修理制度の論点整理】
①建設型仮設住宅の建設費用(700万円/戸)に見合うように、応急修理の適用金額を増額する。
②繰り返し揺すりによるダメージをカバーするために、耐震化費用を認める。
③主屋が倒壊していても、納屋、作業所、車庫などが残っている場合もあり、これを応急修理して住まうことを対象範囲に認める(大きな主屋を直す手間コストの軽減を図る)。
④集合型建設型仮設住宅の建設用地が限られているなら、宅地内にコンテナサイズの建物を置ける場合などは、ムービングハウスを設置する(農業従事者などの早期自立を後押し)。
⑤上記を含め、多様な居住スタイルを選択肢として提示する(有識者会議などで議論)

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【建設型仮設住宅の例】=熊本県人吉市での一例
車庫の一部をシェルター化&仮囲いして部屋をつくるKMKDSC01931
【残った倉庫内にシェルターをつくる】熊本市南区で、住家が全壊し農業用倉庫内に寝室と水廻りを設けた事例=この場合は全額自己負担
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【ムービングハウス】新潟県村上市にて建設型仮設住宅として導入運用された。 北海道胆振東部地震では被災農家のお屋敷内に仮設住宅として設置されたケースもあり、今回の能登での弾力的運用が期待される。

国や馳知事からの追加支援策がようやく出始めたが、まだまだ現実を見て策を練ることなき感ありあり。
小生インタビューのNHK NEWSWEB掲載の翌日、1月23日から急ごしらえで打ち出され始めた公的支援。 建設型仮設住宅が 338戸から3,000戸へとのアナウンスだが、40,000戸に近い残りはどう解釈してのことだろう? 
「身土不二」という言葉を忘れて3000戸を買い物も土いじりも不便なところへ建設?それとも金沢周辺を3.11後のいわき市のような状態にするのだろうか? そして二次避難はさせても、3.11東日本のときのような災害援護資金も出る様子がない。 
戦略なくして戦術なしで、そうなれば当然の帰結で戦術さえパッチワークで心もとなし。 熊本のように復興に向けた有識者会議も、相変わらず開かれる気配もない。 いったい過去の経験を生かそうとしないのは何故なのだろう?
2024年1月24日 08:30 追補